【ナイメーヘン Part.2】国立開放記念館1944-1945 見学

オランダ

オランダ・ナイメーヘンは第二次世界大戦でドイツ軍と連合軍が激しい戦いを繰り広げたことでも
知られています。この記事では戦争記念館「国立開放記念館1944-1945」を紹介します!

国立開放記念館1944-1945 のアクセスと入場料

ナイメーヘンの町から車で約20分。バスでも行けるようですが、アクセスはしづらい場所にあります。
入場料は15EUR。ちと高いですが充実の内容で納得。

Oorlog en Vrijheid zonder Grenzen | Vrijheidsmuseum

国立開放記念館1944-1945 の概要

オランダ(地元民)の視点で、第一次世界大戦後から第二次大戦への突入、ドイツ軍の侵略と
オランダの人々の生活を見せていきます。

擬似インタビュー風に当時のオランダ人の生活を見せていく展示。
中立国の戦争記念館は行ったことがないので、新鮮。
ナイメーヘンはドイツに近く、特に一次大戦後は敵対心はあまりなかったようだ。

一次大戦の賠償金を返済するためにインフレが発生。手前の青い札は五千万マルク。
これでもろくに食料を買えなかったという。ジンバブエ並みのインフレ。

アインシュタインのアメリカへの永住権の申請。1930年代前半、
ナチスが政権を獲得してからユダヤ人への迫害が強くなった。

1940年、オランダがドイツ軍に占領された。写真は手押し車の底に
闇マーケットで得た物資などを入れる収納スペースを作ったもの(現物)。
飢えをしのぐための工夫が涙ぐましい。

防空壕の再現。記念館の警備のおじいさんも、戦時中防空壕に入ったとのこと。
「あんまり良い体験ではなかったよね」とのコメント。達観している・・。
実はナイメーヘンは連合国側に誤爆されて街の大半を焼失している。

第二次大戦終戦後、オランダは連合国の保護を受けた。
写真は連合国兵士がオランダの人たちに向けて やるべき/やってはいけない マニュアル。
公衆の面前で飲みすぎないこと、とか現代にも通じて面白い。

「あの人」の通りの看板は戦後撤去された。

自由とは、を自由に書くスペース。タイムリーな書き込みもあるね

まとめ

オランダ人が中立国として、第二次大戦をどう生き残ってきたかが良く分かる戦争記念館でした。
展示の見せ方も面白く、戦争を知らない世代に興味を持たせる工夫が随所に見られました。
ナイメーヘンに行くならば、絶対におすすめです!!

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